箱日記

ライブに行った感想を細々とつづっています。

2019年8月17日 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO.~前編~

8月に入り、日本全国は猛暑であった。
誰に言われるでもなくセミは羽化して、いつの間にやら聞きなれた音を響かせる。
わたしはといえば、その暑さに文句を言いながらも、あと少しに迫ったRSR2019への旅立ちにそわそわと落ち着かない日々を過ごしていた。
初めての大型フェス。しかも通し券での参戦、しかも1人。というフェス初心者のわたしにとって完遂できるのか定かではない過酷さである。

 


日割りもタイムテーブルも発表される前に飛行機を押さえたこともあり、前乗りの予定で仕事も休みを取った。
実際にお目当てであるアシュラシンドローム打首獄門同好会がともに2日目である17日だということを知ってからも、まあ他のバンドだって演ってたら観たいよ。せっかくだし。というこの軽さで通し券を何とか手に入れることに成功したのであった。

暑い暑い夏、8月。しかし暑さ以外にもわたしには不安なことがあった。この季節に突然やってくる自然災害、そう台風だ。
わたしはもともと広島出身で、台風にはあまり縁がない生活をしていた。台風といえば9月くらいにやってきて、少し風が強くて雨が降るという程度のイメージしかない。海は危ないので近づいてはいけない、といった程度の認識だ。
しかし現在暮らしている福岡県は違う。たしかに南九州や沖縄に比べると台風被害は少ないし、近年はあまり大きな台風に見舞われていないが、そういった被害に遭ってしまう可能性についてしっかりと警戒している地域であった。
暮らし始めて最初の頃は、台風が来るということにとても敏感な夫のことを不思議に思っていた。
彼は『台風が発生した』というニュースをしっかりと確認し、進路を確認し、中心気圧の大きさについての情報を入れておく。
それまでhPa(ヘクトパスカル)なんてものを、ほとんど気にしたことがなかったわたしは本当に驚いたのだ。ニュースを見ながら、その数値について「これは大したことない」とか「これはちょっとヤバいな」みたいなことを言うのである。地域差と言ってしまえばそれまでだが、やはりその土地土地で警戒するべきものや、町が何に対応してきたかというところは違うのであろう。

そんな夫からLINEが入った。『台風直撃するんじゃない?』と。
相変わらず気象情報に疎いわたしは慌てて台風の進路予測を調べる。つい先日台風9号がやってきて、小学校の登校日が取りやめになったばかりであった。
予想図はしっかりとわたしが住む場所、そして飛び立つ空港のあたりを目指している。ゆっくりとしたスピードで進んでいるらしく、ちょうどわたしが旅立つ8月15日あたりに直撃するよ、ということが図解化されてそこにある。

「え、マジ…」思わずつぶやいた。ツイッターではなくリアルにである(その後ツイッターでもつぶやいた)。
飛行機を押さえた時も、チケットが取れた時も、とにかく台風さえ来なければ大丈夫だ、と思っていた。
空を見ればただひたすらに青い空。台風は気象衛星から見れば明らかに近づいているのが分かるはずだが、その映像と現実とのギャップがひどくて疑ってしまいたくなる。
しかし確実にその日はやってくるし、今がどれだけ晴れていようとも来るといったら来るのだ。去年も様々なフェスが天候によって中止となり、そのたびに悔しさにあふれたツイートをたくさん見た。
わたしはとにかくできることはすべてやろう。その日に行ける方法を必死で考えよう。とそう思った。

交通への影響という表をひたすらに眺める。高速道路、鉄道、飛行機、一体どのような方法で、何を活用して行けば福岡から新千歳空港までいけるのか。
色々と考えた結果、最悪17日の昼までに新千歳に到着すればいい、という目標を立てて動くことにした。
福岡から新千歳はメジャーな路線ではないので、1日に5便しか飛んでいない。そのうちわたしが押さえているANA便は1本だ。
運休による振替は状況的に非常に厳しいのではないか。
もしかしたら運休にならない可能性、もしかしたら振替便に乗れる可能性、しかしどちらも確実ではない。
わたしはとにかく確実に現地へ飛びたい。そのために最大限できる方法を調べて調べて、考えて考えて、お財布を広げて決めた。

手続きを一気に行うと、不安が少し解消された。たしかに痛手ではあるのだが、行けないという絶望感を味わいたくはない。
ストレスというのは本当によくないものなのだなと、改めてわたしは思う。15日がダメだったとしても翌日には飛び立てる。その安心感たるや追加料金分など何ら問題ないように思えてくるから不思議だ。(もちろん今は痛手だと思っている)
台風ではない何かであったならば、突然の出来事で頭が回らなかっただろう。そういう意味でいうならば進路がはっきりしている台風で良かったのかもしれない。

そしてわたしの心配は危惧に終わり、実際には予定通り福岡空港を飛び立つことが出来た。たどり着いた新千歳空港でわたしはスマホで翌日便のキャンセルを行った。

予測不能な事態が複数発生したとき、不確定要素をいくつも握りしめていたところで先には進まない。目的をしっかりと定めて、そのためにどういった方法があるのかを考えて、実現可能かどうかを検討する。
傍から見れば、仕事でもなんでもないところで起きた出来事であるのだが、色んな教訓がそこにあったような気がしていて今後に活かしていきたいとそんなことを思った。


さあ、無事に到着した新千歳空港は3月に行われたアシュラのワンマンを観に来た以来のため、5か月ぶりである。
これまで長く生きてきて、前回が初めての北海道だった。そう考えると2回目までの時間が短すぎるのではないだろうか。
あの時、またもう一度来ると思っていただろうか。
夏のハイシーズンにたった1人で踏みしめた北の大地。しかしわたしにとってここはあまりにも遠くて、温かい季節しかまだ知らない。冬を知らないのだからきっとまだ何も知らないと言っていいはずだ。

何はなくともとりあえずは宿である。
1人で宿泊するとなると、宿泊費は割高になる。なるべく費用は抑えたいが、ゲストハウスのようなところはくつろげない。わたしが選んだのは札幌駅近くの『北海道クリスチャンセンター』という謎めいた名前の施設であった。
キリスト教の方以外も宿泊できます、とわたしが心配していたことへの回答はあらかじめ書かれていた。

何とも不思議な空間で、ホテル…ではないのだろうなといったところか。でもいいのだ。とりあえず1人の空間があり、お風呂とトイレと寝るところがあればどんなところでも構わない。
ツインルームの1人使用だったのだが、ベッドの上にプレートが置いてあり、『どちらか一つのベッドだけを使ってください』と書かれていた。マジか。

荷物を置いて宿を出る。身軽になったらさあ寿司だ寿司だ。
前回食べられなかった、亞一人くんお勧めのお店『魚一心』。
今回のホテルは北海道大学の正門からすぐ近くだったのだけど、そこからテクテクと歩いてみる。地元では絶対にそんな距離を歩いたりはしないが、旅に出ると距離感が分からなくなるものである。
しかし札幌の街は分かりやすく碁盤の目のようになっていて、信号の名前も非常にシンプルだ。すすきのにあるウイスキーおじさんの看板を目指して歩く。何だか不思議だ。こんなに遠い街に既視感がある。人懐っこい街を眺めていると、わたしは札幌のことなんて何も知らないのに、なんだか知っているような気がするのだ。

東京では電車に乗るのが好きなのだが、その理由は知らない場所なのにほとんどの駅名を知っているから。わたしは知らない街の自分勝手に知っているところに触れるのが好きだ。

そうして念願の寿司を食べることに成功した。さけいくらとますいくら。いくらに種類があるなんて、なんて北海道!これぞ北海道!ぎんがれいも2皿頼んだし、どのネタもものすごーく美味しい。
しかしお醤油には驚いた。『さしみ醤油』というものが本当に存在しないのだ。わたしも元々の故郷は普通の醤油が甘い土地ではないが、さしみ醤油は存在していた気がする。

1人寂しく寿司を食べていたら、フォロワーさんとお会いすることができたので合流。お互い無事に北海道まで来られたことにまずは労いの言葉をかけ合った。
そして小心者のわたしが札幌でぜひ行ってみたかったが、1人では尻込みしてしまう場所に連れて行ってもらうこととなる。

その場所を目指して満腹野郎の2人旅。大して遠くない、徒歩で数分の場所。思ったよりも近しいところにあった。
入口を見て、看板を確認し写真を撮る。あーここだ。密かに店長さんのtwitterアカウントをフォローしており、なんとなくTLにツイートが流れてくることもある。そこはCaffeineという洋服屋さん兼Bar。

さあ、とお店の中に入ろうとしたら、見覚えのある姿。
え…メンバー…じゃない?亞一人くんはいないけど、ナガさんとか、ナオキさんとか、ほらカズマさんとか…。 え、え、ダメだよ、え…って思っている間にもライブ回数がわたしよりも断然多いフォロワーさんは臆することなくずんずんと進んでいく。
まあそうだよ。OPENしているお店に入るのは何ら悪いことじゃないもの。しかし地方住まいのわたしは、先日のライブ前に亞一人くんを偶然見かけただけでカオナシのように「あ…あ…」しか言えなくなるわけだから、こういう状況に慣れていないのだ。

どうやら貸切クローズにするのを忘れていたようで、すいませんと店長から謝られてしまった。いやいやとんでもない。すいませんすいません、と小心者のわたしはもうドキドキしっぱなしだ。
どうやら店内は禁煙らしく(Barなのに珍しい!と思ったが洋服屋さんだもの)灰皿と煙草を持ったナガさんが外に出てきたので、そこで少しだけお話をした。
明日晴れるといいね、祈っててよ。みたいなことをナガさんが言って。でも雨はやっぱり降っちゃうんじゃないですか、とわたしが言って、ステージ楽しみにしています、といったようなことをフォロワーさんが言って。
本当に軽い気持ちで交わした会話だったのだ。プライベートを邪魔するわけにはいかないと、わたしたちは他のお店に飲みに行こうとその場を離れた。
そうして数メートル歩いたかという時に、知ったのだ、それを。そして先ほどまでの会話を後悔する事となる。

8月16日(金)開催中止のお知らせ。
LINEに届いた画面を見る。何度も見る、読む。文字を追いかけていく事は出来るのに、文章は理解できるのに、その意味を全く飲みこむことが出来ない。

え…。
わたしは台風が直撃すると夫から連絡があった8月9日から、ようやく北海道に降り立った15日までの6日間、ずっと、本当にずっとこの場所に来るために、飛行機が飛ぶことだけを祈り続けてきた。
なぜならば台風の被害があるのはいつもほとんど西、もしくは南の方で、東や北の方にいくころには、いつも『温帯低気圧』に変わっていた。だから地理的に台風被害は縁がないものだと思っており、わたしは北海道にたどりついたそのあとは何ら不安など持ち合わせていなかったのだった。

うそだ、うそだうそだ。うそだーーーーーーー!!!!!
開催中止のお知らせということは、明日は中止で決定ということだ。もうすでに明日は開催されない事が決まっているということだ。
何ということだろう。誰かがそんな心配をしていたのだろうか。浮かれてお寿司を食べていたわたしは、そんな前情報が一切入っておらず、丁寧に分かりやすく書いてある文章だというのに一切を脳が拒否している。

2日目の開催については明日16日の朝5時発表の札幌気象台の情報に基づき判断し5時30分にお知らせします。と書いてあった。

もしかすると、これはRISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZOという今回の催しが、全て中止となる可能性があるということなのか。
それはいったいどういうことだ。
わたしは考える。

2年越しの企画、そしてフィナーレに向けて根室から石狩までの500キロを自転車で走ってくるという、ちょっとどうかしている企画を完遂するために5日間も費やした人たちはどうなる?
いや、そこじゃない。そこもあるけどそこじゃない。
RSRに出るために宣言式典をして、札幌ワンマンライブをソールドアウトさせて、ようやく夢の切符を手にしたバンドがいるんだが、それはどうなる?
すでに発表されているレコ初ツアー、その発売される新曲『Over the sun』はどうなる?
Over the sun…英語が苦手なわたしはちゃんとした意味って分からないのだけど、「ライジングサンの向こう側」もしくは「ライジングサンを越えて」かなって勝手に思っている。
エキサイト翻訳にかけたら「太陽の上で」ってなったけども。

ところで、決して安くはない交通費を使って、夢のステージをこの目で観ようと出場決定のお知らせからワクワクしてドキドキして、チケット落選して取れなくて、ちっとも取れなくて、早期予約特典のポーチだってもらえなくて、でも何とか取れて、やったーこれで行けるんだ!!って嬉しくて、そうかと思ったらピンポイントで近づいてくる台風に怯えて必死で考えて、わたしだけ飛べないかもってそう思って、前日まで不安で不安で、それでも何とか飛んで北海道について、美味しいお寿司を食べてさあいよいよだよって時に、なんでこうなるの。

途切れることなくこれまでの出来事や気持ちがぐるぐると混ざり合って不安の色となる。
手持無沙汰でツイートを眺める。
RSRの初日といえば、ナンバーガールの再結成ステージが予定されていた。
わたしは全然通っていないのだけど、発表された時随分と話題に上っていたし、きっと楽しみにしていた人も多かっただろう。
初日を目がけてきた人は、きっと前日入りだろうから今のわたしと同じ状況で、すでに「中止」という決定事項を受け取っている。その悔しさ、無念さはわたしの想像をはるかに超えて苦しいものだと思う。

運営側だってきっと悔しいはずだ。何日も前から企画して準備して段取りをして、さあようやく明日が本番だというときに、こんな決定をしたいはずがない。

Twitterには驚きや悔しさ、悲しみなどいろんな感情がにじんでいた。


誰が一番辛いのか。こういうときにそんな言葉を目にすることがある。わたしは思う「わたしに決まっている」
けっして他の人の辛さや感情を軽んじているわけではない。きっと辛い思いや複雑な気持ちや大変な状況や色々あると思う。それでも誰かの方が大変だとか、誰かの方が辛いからといって、自分の悔しさや悲しさがなくなるなんてことはないのだ。

ネガティブな言葉を特定の誰かに向かって投げて責めるのは絶対に良くないことだ。しかし自分の中に生まれたネガティブな感情をダメなものとして処理してしようとすると、余計に辛いのではないかと思ってしまう。
誰が一番辛いのか。そんなことは誰も決められない。しかし自分が悔しいとか辛いとか悲しいと感じているということが事実としてそこにあるのなら、ただ表明してもいいのではないかと思う。
わたしは今悔しいとか、わたしはとても悲しいとか、マイナスな感情を捕まえて、その気持ちを表現することと、誰かを責めることは違うのだから、と妙にポジティブな空気に包まれたTLを眺めてクサクサしてしまった。
言っていることはすごく正しいし、わたしもそうありたい。もちろん責めるつもりはない。でもど真ん中にいるときは綺麗な言葉に感情移入するのは難しく、そんなのはチケットも買っておらず、家でゆっくりしてニュースを知ったからだろう。やっとこさ飛行機でやってきたすすきのの道端で、スマホを眺めて愕然としているわけじゃないんだろう…などと思ってしまうのだった。

優しい人は執着心が薄いという。わたしはそれ正解だと思っている。だからほら、わたしは今まさに優しくなれないのだ。
そのくらい、行きたいと思った。アシュラのRSRステージを絶対に観たいと思った。天気が回復してほしいと願った。これほどまでに何かを強く願ったことなどないかもしれない。仕方がないで終わらせたくない、なんとしてでも観たい。
一体どうしたらいいのだろう。飛ばないかもしれない飛行機は何とか策を講じることができたが、開催されないかもしれないフェスの前にわたしは無力だ。ただ祈ることしかできない。

一方で、なんだか映画のようだな、と思う自分もいた。
夢を叶えようとしている主人公の前に立ちはだかる壁。1日目はすでに中止、果たして2日目はどうなる!どうなる…なんて物語だとすればベタすぎる展開じゃないか。しかし事実は小説よりも奇なりとはよくいったもので、いつだって気を抜いたところに非情な現実を落としかねない。

よりによってなぜ…なぜ今日なんだ。恨み言のような言葉がグラスの中に落ちていく。どうする事も出来ないまま時間だけが過ぎていく。

フォロワーさんと行ったBarでは知らないお客さんがライジング中止を話題にしていた。音楽に興味がある人もない人も、毎年開催される大きなイベントということで注目しているのかもしれない。
気象庁の予報はあまり芳しくないようにも思えた。台風進路図の円は北海道に向いている。
明日よりも明後日の方が天気は悪いのではないだろうか。
朝5時発表の段階で、中止を決定してしまうのは早すぎるのではないだろうか。もう少し待ってもいいのではないか、などそんな風にも思う。
もちろん移動してくる人のことを考えれば、中止のアナウンスは早い方がいいだろう。

天気予報のなんたるかはわたしには分からない。本当に祈るしかないのだ。
わたしは昔から何かを好きになる時、狭く深くだったこともあり、観たいと思ったもの、行きたいと思った場所、欲しいと思ったものを逃したことがない。
手放すことも諦めることももちろんあるが、そうではなくて必死に手に入れようとしたが無理だった、ということが本当に少ない。だからわたしは信じていた。きっと大丈夫だ。そんな風にもう一度言霊の力に頼るしか術がない。

すすきのの街は明るかった。さすがはアジア最北の歓楽街(これは『探偵はBarにいる』の探偵が言っていた)
眠れそうにない巨大な不安を抱えたまま、わたしはフォロワーさんと別れてホテルに戻った。
コンビニでビールを買い、チビチビと飲みながら1つしか使えないベッドの上に寝転んで10獄放送局を再生する。番外編である『アシュラシンドローム 結局ライジングサンに出られなかった問題』と特別編『アシュラシンドローム、来年こそはライジングに出てやる宣言式典」ダイジェスト』の2本立てだ。

もっと幸せな気持ちで観るはずだった。こんな不安な気分で再生するなんて思っていなかった。わたしは気がつけば動画の途中で眠ってしまっていた。

翌日、うつらうつらとした意識のままスマホを手に取る。あまりほめられたお行儀ではないが、薄目を開けながら時刻を確認した。5時だ。
札幌気象台のページを検索して、しかしそれを見たところで普段から雨が降っても傘すら持ち歩かないようなわたしには、一体今日がどんな天気になると言っているのかさっぱりと分からない。
気象庁の台風情報は、すでに温帯低気圧に変わったというあっさりとしたメッセージだけを残して情報は薄れている。
結局のところ公式からの発表を待つしかないのだ。

果たして何人の人が、今、スマホを握りしめているだろうか。SNSがなかった頃は、どうやって情報を届けていたのかすでに思い出せない。
RSRのスタッフもきっと祈りの夜を過ごしたことだろう。わたしが目覚めてから30分後、時間ピッタリにその情報は更新された。

「…ぃよしっ!よし!よし!!!」
人は1人だと中々ロングトーンで驚かないものだ。短く端的に、しかししっかりとガッツポーズ付きで声が出た。リンクはサーバーに負荷がかかってしまって開けないが、ツイートには『17日(土)開催します』と書かれていた。

良かった…。もう何を中心に喜べばよいのかすらも曖昧なくらい様々な想いが複雑に絡み合っている。
わたしのTwitterの下書きには寝落ちする前に打ち込んだであろう「亞一人くんの夢を叶えて」という切実なメッセージが残されていた。

1日目が中止になってしまい、その日のアーティストを楽しみに北海道入りしていた人たちもたくさんいたのだろう。特にナンバーガールは復活ステージだったと聞く。今年のチケットが取りづらかったのは彼らの復活があるからだ、という話も聞いた。
2日目の開催が決まり、不安が取り除かれて優しくなれたわたしは、中止となった日を楽しみにしていた全ての人たちの気持ちを思い、胸を痛めた。


宿を出てまずは駅へと向かい、地下鉄で向かったのは『あの公園』
正式名称は『平岸高台公園』という。水曜どうでしょうのあの公園だ。
HTB社屋の近くだからという理由で撮影場所として選ばれていたのだろうから当然なのだが、本当にただの町中にある、普通の公園だ。
全ての聖地巡りがそうであるように、画面の中で見るよりもとてもあっさりして見える。
このあたりかなと思う角度で写真を撮り、しばらく眺めているが本当に何もない。水曜どうでしょうを知らないわけでは無いが、そこまで知っているという方でもないという、わたしの中途半端さがいけないのだろうか。
滞在時間は20分ほど。
わたしがいる間にもポツリポツリとRSR難民がやってくるのだが、皆一同に「おお!ここが!」と声を上げて、しかし写真を数枚撮ればもう満足してしまうという、何とも回転率がよい観光スポットだ。

ふとヤクルトレディの姿を発見した。わたしの職場にも毎日来てくれるのだが、道端で声をかけても売ってくれるという話を聞いていたので、ここはひとつとナガさんセット(ミルミルSとヤクルト400)を購入した。


日常ではない場所にひとつ意味を上乗せしてみたくなる。ちょっとセンチメンタルな気持ちになった。
彼らは眠れたのだろうか。(亞一人くんは寝ていたようだったが)

旅に出れば、普段は車ばかりで移動しているわたしも、自分の足で歩く以外の移動手段があまりない。地下鉄に再び乗って、すすきので降りる。
アクティブな人は観光にでも出かけるのだろうが、わたしはせっかく遠征してもあまりそういったことに時間を使うことはなく、ひたすらに札幌の中心街を目的もなくウロウロとするだけだ。
スープカレーを食べ、HTBの新社屋でおみくじを引き『太って帰る』という神のお告げをもらうくらいで、気がつけば夕方に足を突っ込んだ時間となる。

お腹はいっぱいだが、まだ酒が足りない。わたしは昨日タイミングを外してしまったCaffeineへと足を運んだ。
店に入ると、優しげな店長が迎えてくれる。先客が2名いて、よく見ると2人ともアシュラTシャツを身にまとっている。
少し遅れてフォロワーさんも到着し、わたしたちはモヒートを飲み、アシュラのステージについての期待を語る。そして昨夜メンバーが作ったというてるてる坊主をお土産にもらい、石狩での再会を誓ったのであった。

「石狩で会いましょう」
わたしはRSRに行くと決めた日から、これまでの人生で一度も足を踏み入れたことのないその土地の名を何度も口にだし、文字に書き、約束をした。
地下鉄を降りて、人も少なくなった地下街を歩く。ひとり宿に戻るわたしの、ペタペタと安物のスリッポンの音だけが響いている。
地上に出ると雨が降っていた。明日も雨なのだろうか。
すすきのから離れてしまえば、あでやかなネオンも届かず、空には星も月もない。しかしただ見えないだけでそこにはあるのだ。スターライトな星も、メランコリックな月も、きっと。

宿に戻り、明日の準備をする。神経質な人ならば、きっと眠れないだろう。そのくらいわたしが宿泊場所として選んだ『北海道クリスチャンセンター』は謎に満ち溢れていた。
しかし枕だけはとても良く、持って帰りたいくらいにちょうどいい弾力だった。おかげさまですっきりとした目覚めで朝を迎えることが出来た。
帯だけになった浴衣を正してからロールカーテンを開ける。少し色味が薄い朝の空に白い雲が添えられていて、地面はまだ濡れていたが雨は止んでいた。

朝が来た。やっとRSRの朝が来たのだ。
天気は晴れだと会長からのツイートで知る。晴れバンドである打首さん。雨バンドであるアシュラ。ものすごい吸引力で台風を呼び寄せて、寸でのところで弾き飛ばした。
特にテントを張るわけでもないわたしは、何時ごろに会場に着くべきか悩んだが、別にクリスチャンセンターでゆっくりする必要もないだろう。獄パンツにアシュラTシャツを身にまとい、昨日札幌駅で買ったお土産と、少しの洗濯物を箱に詰めて、自宅へと送る手続きをしてから宿を後にした。
ありがとうクリスチャンセンター。枕の弾力は忘れないよ。

外に出ると空は明るい。気温はちょうどよく、福岡の夏を忘れそうだった。軽い足取りでようやく覚え始めた道を歩き始める。
地下鉄の駅はすでに目的地を同じくした人々の姿がチラホラと確認できた。バス乗り場まで迷うことなく行けるだろうかというわたしの不安は危惧に終わる。
会場までのバスが発着する麻生駅の改札を出ると、すでにそこは長蛇の列であった。これだけ並んでいればそこ数分など変わらないはずなのに、心は焦り小走りになってしまう。
最後尾に身を預け、わたしのRSRは始まったのだ。

みな思い思いのTシャツに袖を通し、雨を警戒してか長靴姿の人も多くいる。大きな荷物を背負っている人、折りたたみ椅子を抱えた人、腹ごしらえでおにぎりをかじる人、大人も子どもも、そこにある期待感を隠すことなく列を成している。

わたしはスマホの充電の残量を気にしながらも、イヤホンを刺して音を摂取する。40分は並んだだろうか。進めど進めど、なかなか駅から出られない。壁にはバス乗り場の場所を示す矢印が描かれた案内図がたくさん貼られていて、わたしは進んでいるその先にあるものが何なのかを、何度だって確認することが出来た。

ようやく乗り込んだバス。ひとりで移動しているわたしは、不安や期待を口に出すという機会に恵まれないまま、知らない街を窓越しに見つめる。今日という日に意味を見出さない人たちが、普段通りの生活をしている姿が目に入り、その温度差が心地よい。
あなたの大切な日にも、わたしはきっと何も考えず、ただその日を過ごしていることでしょう。

バスはひた走り、気がつけば石狩という文字が少しずつ見えてくるようになった。知らない道はゴールまでの距離をわたしに伝えてはくれない。ただ流れる景色を受け入れて、運ばれていくだけだ。

角を曲がりぐっと開けた場所となる。
ここだ、直感でそう思った瞬間、わたしの耳に流れてきた言葉がある。

『さあ 始めよう  最高の1日を』

アシュラシンドロームの『Live Kids Everyday』という曲だ。

『何日も前から 下手したらずっと前から 一体何日待ったことか』

Aメロはそんな風で。退屈な日々を過ごしながら、ライブを心待ちにする様子を歌った歌だ。
わたしはRSRの会場を横目で見ながら、始まりをつかまえる。飛行機は予定通り飛び、台風は消えた。最高の1日が広大な景色とともに幕を明ける。

『手を伸ばせばすぐそこには、俺たちのスターが待っている』

停車したバスから降りて、わたしは夢の入り口に立った。